
建築工学専攻 博士後期課程2年 朴 鏞元 「小さいけど確かな幸せ」
建築工学専攻 博士前期課程1年 佐藤 綾香 「研究室生活の支え」
建築工学コース3年 住友 祥恵 「大学生活」
注:本文章は、建築工学科目と社会基盤工学科目の合同OB・OG会組織「構築会」の会誌のための記事を転載したものです。

最近、韓国で最も流行している言葉は、「小確幸」と「ウォラベル」のはずです。おそらく日本ではなじみのない言葉かもしれません。しかし、本来のフルネームを聞いたら、直ぐにその意味を分かります。小確幸という言葉は、村上春樹の“ランゲルハンス島の午後”という短編エッセイ集で初めて使われたといわれています。1986年に出版されたこの本の中で「小確幸」とは、パンティーを集めることと紹介されています。引き出しの中にきちんとまとめられたパンティーが積まれているのが、人生における小さいけど確かな幸せ(小確幸)と言われています。ある人は朝に淹れるコーヒーの香りに幸福感を感じられ、また楽に横になって押されたドラマを視聴すること、ファンの風を感じながら昼寝ことなどが小確幸に相当されます。
また、ウォラベルとは仕事とプライベートの両立、仕事とライフのバランス(Work and Life Balance)を意味します。2015年の基準により、OECD加盟国の年間労働時間のランキングでは韓国が2位を占めています。日本も決して労働時間が短いとは言えないでしょう。過度の業務のせいで人生のバランスが壊れている現代人に休息や趣味に投資する時間を提供しようということです。
この二つの単語を通じて分かる現代人の共通関心事は“日常の幸せ”ということです。所得格差、就職難、無限競争など追い込まれた現代人は日常に幸せを感じる暇がありません。上記の言葉は、日常の“小さな”幸せを追求すると言っていますが、その内面は幸せの基準をより細かく分け日常の小さな単位の幸せを逃したくない心を代弁しているのではないかと考えられます。
結局、与えられた生活環境の中で、より幸せを感じられる方法を探しているのです。私は人生の最も重要な価値は、幸せだと思っています。仕事のような社会活動だけではなく、愛や孝行などの抽象的な「行動」の目的も、最終的に自分満足感、すなわち幸せではないかと思われます。したがって、世代を問わず幸せを探すのが人生の旅程ではないかという気がします。
幸せという言葉は抽象的であるため、その定義が難しく、感じる基準も人によって異なるでしょう。しかし、確かなことは、日常の小さなことでも幸せを感じることができ、私たちのそばに多くの幸せの要素が存在するということです。多くの在学生と卒業生の方にも、日常の小さなものでも幸せを感じながら生に対したら、それぞれの人生の旅程で正道を歩くことができると思われます。

研究室に入り、早1年半が経ちました。今回は、研究室生活で感じた、「研究室生活を支えてくれているもの」について、お話しします。
私が所属している研究室は、学生が20名、教員が3名おり、建築物の杭、免震構造、地震動、木造建築など様々な分野の研究を行っています。私は、免震建物が建物を取り囲む擁壁に衝突した際の応答を研究しています。研究室は和気あいあいとした雰囲気で、時にはキャンプやBBQなどといった行事も行われます。最近は、ゼミ旅行で秋田の街並み等を散策しました。
そんな研究室生活はとても楽しいですが、研究は学部の勉強とのギャップを感じました。学部生のときは、先生が教えてくれたことを皆と一緒に学習する、受け身的な生活を送っていました。自分で考えて行動する力はあまり無かったように思います。したがって、研究室で研究内容を自主的に学習したり、研究計画を立てる必要が出た際には大変戸惑いました。時には、やるべきことが多く、何から手を付けてよいのか分からないという状態に陥りました。
そのような時は、研究室の先生、先輩方が様々なヒントを与えてくれました。例えば、研究計画で行き詰まり先生のもとへ相談しに行った際には、優先順位を示してくれました。さらに、研究室では、約1ヶ月半に1度パワーポイントで研究報告を行います。学生が1人15分ほど発表し、その後研究室内の人々から質問・意見を頂きます。たまに厳しい意見を頂くこともありますが、それらは考察を深めるためには、どれも不可欠なものでした。このように、現在は先生、先輩方に助けてもらいながら、少しずつ研究を進めています。
また、研究室に入ってからは、社会人の方々の話を聞く機会も多くなりました。多くの方々が、「今、目の前のことを一生懸命に取り組むべき。」と意見をくださいました。それを聞き、心配性な私は、「今している勉強だけでは、将来の仕事をする上では全然足りていないのではないか。もっと様々な、働いていくうえで使うことにも手を付けるべきではないか。」と考えてしました。しかし、自分の研究分野に特化しているのは皆ですよね。自分の課題も途中な今、他のことに手を出すと中途半端になると考え直しました。また、難しいことをするためには、できることを着実に増やしていく必要があるはずです。研究対象である免震建物について詳しくなれるよう、目の前の研究について精一杯取り組んでいこうと思います。このように、社会人の方々と接することは、自分の生活を考える大変貴重な機会となっています。
このように、研究室に入ると一番後輩の立場から始まり、周りの先生、先輩、OBの方から様々なことを教えていただく機会が増えました。非常に大きな助けになっており、感謝の気持ちでいっぱいです。学生生活は、自分がしたいことに思い切り打ち込める唯一の機会かもしれません。残りの学生生活は、目の前の課題に真剣に取り組んでいきたいです。

2年前の3月、私は大阪大学に合格しました。当時の私は「大学に入ったらあれをしよう、これをしよう」と希望に満ち溢れていました。中でも私が一番やりたかったのは、野球部のマネージャーでした。高校時代、私の高校は甲子園に出場したので、私も甲子園に母校を応援しに行く機会に恵まれました。それを機に私は一気に野球に興味を持ち、高校時代も高校野球の地方大会からプロ野球まで、何度も友達と観戦に行きました。
そして大学入学後、念願叶って私は野球部のマネージャーになりました。野球部の活動はサークルなどに比べると多く、部活とバイトに追われる日々となりました。2回生になって建築コースに分属されると、予想していたより日々の課題に時間を取られるようになり、隙間時間をのんびりと過ごしてしまうと、睡眠時間や友達・家族との時間を割かなければならなくなりました。そのため、いかに隙間時間を活用するかを考えるようになり、朝家でだらだらするのをやめ、毎日1限から登校して図書館で課題や勉強をするようになりました。今の私は日々何かに追われる生活をしていますが、どれも合格した時にやりたいと思っていたことなので、毎日とても充実していると思っています。
さて、ここまでは部活の話ばかりをしてしまったので、ここで私が建築学科を目指した理由についてもお話しさせていただこうと思います。
祖父が建築、土木関係の仕事をしていたこともあり、幼い頃から私はものづくりに興味を持っていました。そして小学生の頃に見た建築雑誌に影響され、どんどん建築に興味を持つようになりました。小中学生の頃は雑誌の図面を切り抜き、見よう見まねで図面のようなものを描いたり、お小遣いでスチレンボードを買って、描いた図面を模型にしたりしていました。今から考えると相当変わった小学生だったのだろうと思います。
そんな小中学生時代を送っていたため、大学進学時には迷わずに建築学科を選択しました。将来は建築の分野の中でも特に自分が楽しいと感じ、かつ得意な分野の仕事に携われたらと思っています。そのためにも、今自分ができることを精一杯取り組んでいきたいと思います。
最後にはなりましたが、このような執筆の機会を与えていただき大変光栄に思っております。拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
